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生活チープサイド

カテゴリ:Mother( 102 )

花たちへの挽歌

仕事の帰り、花屋を通りかかる。
買う気はないのに、つい花に目がいく。
母を看取った後に、残ってしまったくせだ。

母は花が好きだった。
膵臓ガンであることがわかってから、ひたすら花を求める時期があった。
私たち姉妹は、母の部屋に花を絶やさず、毎朝、母を起こさぬよう細心の注意を払い、花の水替えを行った。
そのうち、その花が何を欲しているか、わかるようになってきた。
この子はたっぷりの水が好きで、この子は花がらを摘めばもっと咲くことができる。
病状が重くなるほど、鉢植えが増えた。
鉢植えは病が「根付く」から縁起がよくないというのは知っていたけれど、鉢植えの子らの方が長持ちしたし、花の声も大きい気がした。

水をやり、枯れた葉を取りのぞき、花がらを摘み、ときに液肥を与え。
私はいつか、彼らに願さえかけていた。
彼らが頑張れば母も元気になるような、毎晩繰り返していた40度の高熱から、母も生還できるような、そんな気がしてきていた。

だから、大学病院からホスピスへ脱出(あれはまさしく脱出だった)したときも、そして母がいちばん遠い国に旅立って、母の闘病のために借りた部屋に帰ったときも、私は花たちを連れ帰った。
母が死んだ日、母宅に帰った私がまずしたことは、喪服の用意よりも何よりも先に、花たちを庭に植え替えることだった。
花を枯らしてはいけないという、強迫的な思いがあった。

花たちは、根付いたものもあったし、枯れたものもあった。
奇跡のように、4 度目の花期を迎えたものもあった。

はじめ私たち夫婦は、母が闘病のために借りたその部屋に移り住むつもりでいた。
しかし、我が家には猫がいるためにその部屋には住めないことになり、花たちが宙に浮いた。
来月いっぱいで引越さなければならないのに、咲き乱れる、母の花たち。


生きて咲こう、と言うあの子らを、私はこの手で引き抜き、むしり、息の根を止めるのだろう。
たくさんの蝶が訪れたあの庭を、私は剥き出しの荒れ地に変えるのだろう。
鉢植えで連れ帰る余力は、私にはもうない。

そんな未来を知らぬ気に、花たちは美しい。
目にしみるほど痛いほど、彼らは彼らの季節を生きている。

電車の中でバスの中で、あるいは通りすがりの花屋の店先で、私の目は花を追うようになった。
花たちの、無心の声を聴くようになった。
by sima-r | 2008-08-25 21:19 | Mother

母の庭

今日は朝イチで病院へ。
そのまま母宅へ向かうと、まだ燃えるゴミの収集が来ていなかったので嵐のように捨てるものをまとめて出す。
その後、郵便局と役所へ行ったあと、ヤマトへ集荷依頼。
それ以降、こつこつ片付けや家に持って帰るものを整理していると、憂鬱の発作が来てきつい。
庭の花の手入れをする。

ノートに、詩ばかりたまっていく。

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花たちの正直さに、少し救われる。
by sima-r | 2008-08-21 20:25 | Mother

母宅の片付け

母宅を片付けています。

母の作ったハーブのオイル漬けとか桜の花の砂糖漬けとか。
捨てるたびに歯を食いしばる。
意識せず呻き声が出る。
きつい、ほんと苦しい。辛いなんてもんじゃない。

この部屋で、暮らすはずだった。
スカパー入れて、トイレのウォシュレットだって買った。
自転車も買った。足りない家具も買い揃えた。
あのとき、まるで新生活が始まるみたいだった。
希望があった。
あの、光るみたいな、一瞬の家族の生活。

今それを、私は根こそぎ引っこ抜いて、跡形もなくしなくちゃいけない。
こんな辛い仕事、とても姉にはさせられない。
姉には、母との思い出が多すぎる。
汚れるのは私だけでいい。
by sima-r | 2008-08-21 13:03 | Mother

Home Sweet Home!!

なんとかバランスをとろうとしていた。
母が探した部屋に移り住めないとわかってから、じゃあ四十九日までは13年ぶりの「母とのふたり暮し」をしようと思って暮らしていた。

朝起きて、母に水とお供えとお線香をあげ、庭の花に水をまき、あとは諸雑務。
自分のものといえるものが着替えの服くらいしかなくて、あとはホスピスにずっと詰めていたときに夫が買ってくれた、使い慣れないノートPC(しかもビスタ)しかなかった。
まだいろんなサイトめぐりは精神的にできなくて、自分を鼓舞した日記を書いてみたり、どーんと落ち込んでいたり。

1週間くらいで私の様子が明らかにおかしくなってきたので、夫が連日来てくれることに。
でもそれでも苦しい。
ものが食べられない、料理する気にならない。食べ物がおいしく感じられない。

私は「自分のもの」がないと気持ちが不安定になる。
自分の好きな本、自分の買ったCD、自分の枕、自分のにおい。
そういうものが、どれだけ大事であることか!

思い知った。
最後に自宅で寝たのが7月9日。
母が旅立ったのが31日。
それから通夜・告別式後も、私だけ、ずっと自宅へ帰らずこれまでやってきた。
四十九日まで、なんとか突っ走ってやろうと思っていた。

でも、だめだ。
さじ、投げた。
私、やっぱ、自分の家が好きだ。
狭くて暑くてぼろくてごちゃごちゃしてて、エレベータなし4階建ての4階のあの不便な部屋。
帰りたくて帰りたくて頭がおかしくなった。
それは母を裏切るような気がして、日常に戻るのが罪のような気がして、ずっとできなかったけれど。
でも、私は戻りたい。
ふつうの人みたいな生活をしたい。
ここには、自分の居場所がない。

でもそういうことを整理して考えられたわけではなくて、昨日の夜、夫にごちゃごちゃととにかく辛いのだと訴えたら、夫が「今から帰ろう」と言ってくれた。
そうか、帰ってもいいのか。
帰ってもいいんだ!!

それでも、まだすごく罪のような気がして、母にお線香を上げながらろうそくの灯を見て、「もう疲れちゃったんだ、ごめんね、帰ってもいい?」と母に語りかけた。
灯を揺らしてよ、って言った。
そうしたら、風もないのに、ろうそくの灯がありえない速さと角度でうなずくみたいに何度もがくがく震えた。
ほんとは風があったのかもしれないけど、私の鼻息かもしれないけど。
でも、母親が早く帰んなさい、と言った、と私は解釈した。

だから、もう帰る。
帰るのです、自分の家へ!!

それから夜逃げみたいに、持ってきていた服とか荷物とか椅子とか猫グッズを車に詰め込んで、おひげ(猫)もキャリーに入れて、大雨の中、家へ出発。
遅い時間だから、宵っぱりのなっつんに助手席から電話した。
今から家に!帰るんだよと言いながらくだらない話とかして、なっつんも(おそらく職場なのに)それにつきあってくれて、家の近くのスーパーが見えてきたとき、ああ!ほんと嬉しかったなあ!!

家に帰ると、1週間誰も住まなかったせいかものすごい異臭。
それは私のSOSで急遽1週間母宅へ来てくれていた夫が、洗濯層に漬け置きしてあった洗濯物を放置していたため、洗濯機でコトコト1週間煮込まれていた洗濯物の匂いだったのだけれど。
(警察を呼ばれてもおかしくないほど強烈であった…もろ「下水」って感じの強烈な酸!って感じの…。おえ~)
それでも、どんな匂いがしようが、やっぱ家は最高!!自宅最高!!

38日ぶりに寝る自分の枕の馴染みのいいこと!!
慣れた歯磨き粉の味、自分の買った本、自分のPC!!(XPばんざい!)
母の家ではなぜかできなかった二度寝もして、今日なんて起きたの昼だし!
ちゃんと朝ごはんも食べられるし。
味もわかる。
自宅すごい、生活すげえ。
自分の「生活」って、ほんと大事だな~。


というわけで、今夜はまた母宅に夫と戻りますが、今後ホームベースは自宅として、母宅にはあくまで「泊まる」というスタンスで行こうと思います。
9月いっぱいで部屋をしめなくてはいけないし、庭の花たちが心配なので週半分は通うのではないかと思いますが、あくまで私の「基地」は、この西陽のきつい狭い(そして今はくさい)部屋です。
生活最高!!
家最高!!

そして、我らが家族のうち、まったく事情すら知らないままよくこの5ヶ月の試練に耐えた影の殊勲者、猫のおひげに感謝!!
by sima-r | 2008-08-17 13:59 | Mother

詩集・販売開始します!

タワレコで雑誌を見ていた時、「ROCKS OFF Vol.5」が「ロックはギターだ!」という特集だったのでどれどれと見ていたら、そこに「高田渡」特集が。
おおっと思ってめくると佐久間順平さんが「ヘイ・ヘイ・ブルース」について語ってくれてるではありませんか!(ちょっとだけだけど)

実はこの「ヘイ・ヘイ・ブルース」は、母の作詞なのです。
「水でもヘイ、ビールならヘイ・ヘイだ♪」という詞で始まるこの曲の中には、母の詩集『草の上の魚』の「区別」という詩が含まれています。

「区別」 梅田智江(うめださとえ)------

うまといい
まんとひひといい
豚の子
ねこの子
らいおんといい
みんな
あそこからでてきた。

ひとの子も
ひとなみに
あそこからでてきたことは
でてきたんだが
ひとのなかのあるひとは
あそこで
お金をもうけたりして
差をつけたつもりでいた。

------

そしてその雑誌の次のページでは、母の旧友であるシバさんが高田渡さんについて語っていて。
なんか、こう、母はほんとにすごかったんだな~、とポカンとした気持ちです。
どんだけ宿題を後に遺していくつもりなんですか、あなたは?


母は、自慢しない人でした。
詩人である一面を、家族にはあまり見せないようにしていた人でした。
エロスの詩人、とか呼ばれていたせいかもしれませんが、いま読み直すと、どんな性的なことが書いてあろうと、どこか清潔で、少女の純潔を保ったままのような感じを受けます。

第6詩集の『so alone』を、母はずっと私たち姉妹に読ませまい、としていたらしく、そしてちょうどそのころ私は自分も文章を書くのに四苦八苦していた時期で、意・地・で・も、母の詩なんて読むもんか、母の友達にも絶対会うもんか、と思っていたので、母が今回入院するまでちゃんと読んだことはありませんでした。
でも、これはいかん、読まないで死なせたらいけない、と思って病院に泊まりつつ読んだら、めちゃくちゃいい詩ばかりで。

「産まれたばかりのような、少女のようなまっしろな、いい詩集じゃん!」と母に感想を言ったら、母は「この詩集についてはいろんな人にいろんな感想を言われたけど、あんたみたいに読んでくれた人はいなかった」と言ってくれました。

この言葉は、私のなかでの勲章です。
母は、そう言って泣いたから。
私は、そこで初めてちゃんと母の詩と向き合い、そしてつまるところ、母のいちばん暗い、辛い部分を、認めることができたのだと思います。


今日は8月15日。
お盆であるとともに、母の詩集の正式な発行日です。
ですので、一応この世界のすみっこ的ブログでも、母の詩集販売を開始します。

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お買い求めになりたい方は、

 ・ 郵便番号
 ・ 住所
 ・ 氏名
 ・ 冊数

を書いて、simanekohena@yahoo.co.jpまでメールください。
金額は、送料・税込みで1冊2000円です。
折り返し、詩集とともに振込先を書いた用紙をお送りします。
ご興味のある方は、是非!
by sima-r | 2008-08-15 23:59 | Mother

辛いです

夕方から膀胱炎が悪化。
夕飯も、夫が買ってきてくれたお弁当は一口も食べられず、ゼリー飲料と肉じゃがを少しのみ。
体重は、母が死んだときよりさらに1キロ減っています。
私は思っているよりやばい状態なのかもしれません。

ずっと自宅に帰っていないのも辛いです。
一日でいいから、自宅で寝たい。
起きて、自分のパソコンでサイト巡りして、音楽聴いてまんが読んで何もせずだらだらして、それからもしできれば、もう一度自分の家に泊まりたい。

2日間連続で自宅へ泊まるのって、だってもうどれくらいやってないんだ?
6月3日からか?
自宅で最後に寝たのは7月9日です。

辛いです。
そして、辛く思う自分も不甲斐なく辛いです。
by sima-r | 2008-08-14 23:00 | Mother

死者の持ち物

どんより日記を書いたら、書いたとたんにかわずから国際電話。
かわずは、ほんとにこういうときにまっすぐに優しくて、すごく救われました。
翌朝に暮尾さんから、優しい優しい電話。(暮尾さんはこのブログを知らないと思いますが…)
でも、ほんとに心のこもったいい話をしてくれて、母の古い友人は、本当に優しい人が多いなあと思いました。

そしてなんかみんな書き込みとかしてくれるし、mixiでメッセとか心配メールくれるし!
Johnnyさんも電話くれるし!
(私の個人的なJohnnyさんとのツボの会話: J 「ドラム叩いてる以外なら、ウンコしてても電話に出るよ」 私「じゃあ今もトイレという可能性があるんですね?」 J 「いや今はちゃんと座ってるよ!」  よかった…)
そんでスペシャルハズバンドも駆けつけて来てくれるし!(現在私は母宅で母の遺骨と猫のおひげと住んでいて、夫とプチ別居なのです・・・。だって母を一人にはさせたくないし!)
わーんもう!みんな大好き!

なんかもう…。
人って字はなあ~、1本の棒をもう1本の棒で支えてる、とかじゃなくて1本の棒を10本とかで支えてる漢字に変更するといいと思います!文部省の人!

***

昨日は、いろいろ仕事のできた日でした。
諸手続のやり方はスペシャルハズバンドが手引きしてくれていたので、それどおりに動いて、かつパスポートの名前変更もすませました。
これでいつでも国外逃亡できるぜ…。

この間、精神神経科の先生に「あなたの今の感情は普通の感情だ」と言われてから、うつ病薬は飲むのをやめてみてもいいかなあと思っています。
一生に一度しかない母の死と、とことん向き合ってもいいのかなあと。
よっしゃ、来い!悲しみよ!!落ち込みよ!!!
と思うと、案外肝がすわるものだなあと思いました。

でも、やっぱりきついのは、母の使っていたものを捨てるときです。
それと、この家でやろうと思って持ってきて、できなかったものを目にしたときです。
そういうものを見ると、崖から突き落とされたように、発作のように、辛いものがあります。
母が、好きで好きで、かわいそうで、仕方なくなります。

AKIRAさんが、アイヌ(?)とかどこかの国の部族では、誰かが死ぬと、その人の使っていた茶碗やなにやらを全部割ってしまうという風習があると教えてくれました。
たしかに死者の持っていたものには、ものすごい吸着力があるのだな。

引きずられないように、でも向き合って、でもやばくなったら国外逃亡(か沖縄へ逃亡)しようと思います。
よーし、これから会社だ!がんばります!
by sima-r | 2008-08-13 10:36 | Mother

悲しむべきとき

最近、朝が辛いです。
朝起きるのが、というのではなくて、私は、吐き出すべき時に母が死んだ悲しみを吐き出せなかったから、それが時間差でじわじわと来ている気がします。
そのため、朝~昼の私は、ほんとうに死んだも同然のぐったり状態です。

母宅へ引っ越そうと思っていたのだけれど、それが我が家が猫持ちのせいでだめになってしまい、それも落ち込みの一つです。
庭の花が咲けば咲くほど、蝶が舞えば舞うほど、母が私たちがここに引っ越すよと言った時の喜びようが思い出されて辛いです。
また、会社に23日位からの復職を依頼したら、とりあえず来週中に顔を出せと言われたのも、サラリーウーマン的にストレスでもあります。

今日は、やっと母の詩集の残り在庫が届いたため、注文が来ていたぶんを夫とヤマトへ運んで発送しました。
どうか、この奇跡のような詩集を、皆さんが大切に読んでくださいますように。
と、願いを込めて発送。
そのうち、このブログでも宣伝させていただきますね~。

そしてそのまま、装丁をやってくれた橋本さん宅へ急きょお邪魔し、夫と二人でごはんまでごちそうになりました。
ひさびさに「普通」の会話をして、少し回復した気持ち。
メールより電話、電話より直接会う、のが、やっぱり大切だな。

明日の朝は、どうか明るい気持ちで目覚められますよう!
by sima-r | 2008-08-10 01:19 | Mother

母をつなぐ窓

必要なものがあったので、ひさびさに自宅へ。
阿賀さんから、母を偲ぶ会のお知らせと、すなハハさんからとても励まされる葉書と、母の旧友である詩人、福間さんから手紙が届いていました。
福間さんは、先日の祈りライブのときにも来て下さったのですが、電話番号がわからず、通夜当日までご連絡できないでいたのでした。
頭をひねった私は、そうだ「ジライヤ」だ!と、福間さん主催の詩誌を母の書棚から取り出して、そこにあった電話番号にご連絡したところ、奇跡的にご連絡がとれたのでした。

そのとき私は、福間さんが先日の祈りライブの時に母のために朗読してくださった詩を、母が旅立って30分ころに直感的に、「いま、絶対に読まねば!」と思って、母の枕もとで朗読したことを話しました。
この詩は、この秋公開予定の福間さんの映画『岡山の娘』の中で読まれる福間さん作の詩なのですが、本当に「いま、ここで母に必要なのはこの詩だ!」と感じて、魂だけになったばかりの母にむけて、私は朗読したのでした。

「 窓 」 福間健二(ふくまけんじ) (掲載の許可をいただいて掲載しています)

あなたの窓が閉ざされているから
わたしは目を閉じて
自分の体が入る箱を想像した
ゆうぐれの
川べりに立ち
自分を入れて流れてゆく箱を想像した
その箱は流れていって
夜の人々は迷路に消えて
わたしもいなくなって
いま
この空に
炸裂して光るもの
ほかに何を見るのだろう
あなたの目
魂の窓
それがひらかれるとき
わたしは帰ってくる
むかしのわたしとはちがう
わたしの知らないだれかになって

----------------

そして福間さんは、「これからあなたは、たくさんお母さんのことを知ることになる」と予言のように仰いました。
そして私もまた、これから、母を知る長い旅に出たいと思います。


そして帰り道、友人宅に寄ったあとに車に乗ったとたん、突然獣のように悲しみが襲って来て、私は泣きました。
何気なくおろした日よけのシートに、母が書いた地図がはさまっていたから。
母の字を見てしまったから。
運転する夫は、黙って私を泣かせるため回り道をしてくれて、私はただただ、吐くように泣きました。
もう、この字を書いた人はいない。
そのことが、なんだか私はまだ信じられないときがあるのです。
by sima-r | 2008-08-09 00:00 | Mother

I miss you

昨夜、母宅に、夫がおひげ(猫)を連れてきてくれました。

母の遺骨は、闘病のため引っ越した母宅へ連れて帰ったので、ずーっとホスピスに泊まりっきりのまま、まったく自宅に帰っていない私の動物欲を満たすために、大雨の中を連れてきてくれたのでした。

ホスピスは素晴らしいところでしたが、生き物がいないのが難点でした。
花の水やりで外に出て、産まれたてのショウリョウバッタを見て心を和ませるくらい。
(私は生き物であれば、哺乳類・鳥類・爬虫類・両性類・魚類・昆虫、なんでも好きなのです)
ほんとうにしばらくぶりにおひげを見て、私にはいかに動物が必要だったか思い知りました。
犬などのアニマルセラピーを老人介護施設で取り入れているところも多いと聞きますが、ホスピスでもまた、なんらかの形で動物が介在できたらいいなあと思います。


そして私たち夫婦は、母宅に引っ越すことにしました。
少し待ってからとも思っていたのですが、骨になったとはいえ母を一人にするのはかわいそうだし、とりあえず今日は事務手続きは後回しにして、猫関係のグッズと当面の着替えとかを車で夫と運んできました。

どれくらいぶりだろう、自宅に帰るのは。
かわいがっていた金魚の桃子は、母が敗血症になったころに死にました。
(そのときの日記は、書いたのですが辛すぎてupできていません)
何も棲まないまま、まわり続ける水槽のろ過装置。
枯れてしまった鉢植え。
冷蔵庫を開けると、母に作ってあげたスープのために買ったソラマメがまだ残っている。

ときおり、悲しみが間欠泉のように噴き上がります。
母の財布を開けて、母の持っていたポイントカードを見たりすると。
母のmixiを開けてメッセージがないか時々チェックしているのですが、母の入っていたコミュとかを見ると、私もずいぶん強くはなりましたが、叫びだしたいような気になります。

何も残さないまま、人は去ることはできない。
I miss youの想いは、たとえどんなに幸福な死であっても、必ずあるのだと知りました。
by sima-r | 2008-08-05 23:54 | Mother


るい 33歳女子。
<家族> 
夫 (スペハズ)
息子(ピースケ)
猫 (おひげ)
今日のピースケ
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