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生活チープサイド

食事、はぐくむということ

昨日は最悪の一日でした。

母に関することでいっぱいいっぱいになってしまい、これまでにないほどの精神的疲労の一日でした。
とても仕事をできるような状況ではなく、10時に出社したのに3時に帰社するという、何をしに行ったのだかわからない一日。

母が末期がんであることがわかったのは3月19日。
それからぴったり1ヶ月たった頃が、私にとっては最初の糸が切れた日でした。
疲れて半狂乱になり、何もできなくなり、2日間家に引きこもりました。
生まれて初めて「神経内科」というところに行き、心を落ち着ける薬(緊張型頭痛や肩こりにも処方されるような軽い精神安定剤)と抗うつ薬をもらいました。
その2週間くらい前から頭がずっとしめつけられるようで肩のあたりまでものすごく張ってしまっていたのですが、薬がよく効き、頭のしめつけはずいぶん楽になりました。

でも、ただでさえ会社を休みがちなのに、自分の病院のために休むのはもったいなくて、薬は辛いときにだけ飲むようにしようと思って定期的に飲まなかったのがよくなかったのかもしれません。
ちょっとした頭のしめつけだと、またすぐ薬で治るから、と我慢していたのもよくなかったのかもしれません。
また、抗うつ薬の方は飲むのが怖くて、1~2回しか飲んでいませんでした。
精神的な薬を飲むのが初めての私には、薬に頼ることが恥ずかしく、弱い自分を恥じていたからかもしれません。

昨日は、だから母のことがあってから2回目の半狂乱の日でした。
会社のトイレの床に土下座して、床に顔をすりつけて懇願し、そのあたりのものを叩き落して泣いて、帰りの電車でも立っていられずうずくまり、ずっと泣いていました。
病院の診察券を握りしめていたからか、私の異常な姿を心配してくれたからか、座っていたおばあさんが席を譲ってくれ、その優しさにも自分の情けなさにもまた涙が出ました。

せっかくヒロトに、「生きる」ことの大切さを教えてもらったのに。
一日たったらもう私は「死んでやる」と口走っている。
窓から身を投げて、首を絞めて死んでやる、電車の窓を全部壊してそこから飛び出してやりたい。
木曜の午後は神経内科が休診だけれど、それで診てもらえなかったら道に飛び出して車にはねられてやる。
辛くて悲しくてそんな自分も情けなくて、駅にあふれる元気な人たちの顔を見るのも辛く、もう大人なのに私は子供みたいなことをしている。

結局病院では、内科で診てもらうことができました。
私は疲れると膀胱炎になるのですが、それもこの1ヶ月くらい辛かったのでその薬をもらえてよかったです。
精神的な薬も、同じ薬を3週間分また出してもらえたので、今度はまじめに飲もうと思います。


でも、薬は、「食後」に飲まないといけないのでした。
母のことがあってからずっと、私はほとんど自宅では自炊をしていません。
母の家では、母のために美しく栄養のある料理を、と必死で作っていますが、そのために神経をすり減らしすぎて、自分だけのときは自分が何を食べたいかとか、何を調理しようとか考えるのが苦痛になってしまっていました。
どんどん食欲がなくなり、1ヶ月で2キロやせました。
この間の連休、猫ホテとBig Hipに行った2日間も、家ではウィダーインゼリーしか食べて(飲んで?)いなかったくらい。
でも、ヒロトを見て、エイトビートを聴いて、ちゃんと生きようって思った。
だから、ヒロトを見たその日は、ちゃんと帰りに力のつきそうなお弁当を選んで食べることができました。

でも、昨日は。
昨日はもう、病院へ行ったら力が尽きてしまって、スーパーへ行くのもコンビニに入るのもできなくなりました。
入っても、食べたいものがないのです。
お惣菜を見てもお弁当を見てもエサにしか見えず、ちゃんとしたご飯が食べたいのにエサしかなくて。
そうだ、昨日友達から「セブンミール」というセブンイレブンのお届けお惣菜のことを教わった!ということを思い出し、家でネットで会員になり注文をしようとしたら、前日までの注文でないとだめで。
ヨーカドーのお届けサービスでお弁当だけでも注文しようとしたら、午後4時をすぎると翌日になってしまうらしく。

今、いまじゃないとだめなのに。
私は今すぐ、ちゃんとしたご飯が食べたかった。
あたたかいご飯、栄養のある料理、なにより、私だけのために誰かが作ってくれた料理が。
それをくれるなら何でもするって思った。
携帯電話のアドレスを見て、友達の番号を何度も押そうって思った。
全部タクシー使っていいから、お金は全部払うから、大戸屋のでいいから、ちゃんとしたご飯を持ってきてって。
あったかいごはんを持ってきてって。
ワーワー泣きながら、電話したくてしたくてのたうちまわった。
でもできなかった。
みんな仕事があったり家庭があったりして忙しい時間だし、私の今のこの辛さは今だけのものだから。
薬を飲んだらきっと治るのだから。

そこで思い出したのが、母に持って行こうと思っていた介護用のレトルト食品のことでした。
ほんの少量ずつがパックになったやわらかなおかず。
それのうどんと鶏団子を温めて食べました。
おいしくはなかったけれど、ごはんではなかったけれど、少なくともそれはエサではなかった。
そして薬を飲んで少し眠って、夫からの電話で目が覚めました。
夫は、いつも夜遅くまで仕事があって大変なのに、私にご飯を買ってきてくれました。
お風呂に入って、おみやげのサーティワンのアイスを食べさせてもらって。

私は今日あった辛いことを夫に話しました。
私の頭がおかしくなってしまったんだと思う、と、言ったら、夫は「それは相手がおかしい、あなたは少しもおかしくない」と断言してくれました。
私はそれが嬉しかった。
私はおかしくなってしまって、おかしい私は夫や友達に嫌われてしまう、と思ってしまっていたから。


夫の買ってきてくれたご飯を食べながらネットを見ると、このブログを読んでくれている人からmixiにメッセージが来ていました。
それを読んで、この広い世界の中には、私が知らなくても私が生きていることを知っている人がいて、私が辛くないように祈ってくれている人だっているのだと思いました。
私の書いたライブレポで、涙してくれた人がいるんだって。
私は、ちゃんと、この世界に居場所があるのだなって。
昨日は私にとって本当に辛い日だったけれど、そのメッセージや、友達からのメール、そういうことで本当に助けられました。
みんな、ほんとにありがとう。


これまで、私の精神的ピンチを救う最後の手段は、これまでずっとまんがでした。
本やまんがが好きでよく読む私ですが、ストレスがたまるとまんがしか読めなくなる。
まんがを読んでいる間は辛いことを忘れていられる。
正直内容はどうでもよくて、ただコマを追えば勝手にストーリーを絵で説明してくれているまんがは頭も使わなくて、だからすごく私にとって優しいメディアでした。

でも、今回のことで思った。
人を、いちばん最後に救うのは食事だ。
あたたかいごはん、湯気の立つおわん、おいしそうな匂い。
栄養とかそういうことじゃなくて、自分のためだけに誰かが、体調や好物のことまで考えて作ってくれること。
誰かに、大事にしてもらっていると感じるいちばん原初的な感覚。
はぐくむ、ということ。

それを、きっと今の日本では「お母さん」がになうことが多いだろう。
「お母さん」は、だからとてもとても偉大なのだ。
毎日のこと、ただ繰り返すこと、マンネリにもなるし、家族に感謝されなくなるくらい普通のこと。
でも、いちばん弱ったとき、私はその、「お母さん」が作ってくれるご飯がほしかった。
誰かが、私のためだけに作ってくれるごはん。
それだけでよかった。

もう、私の母は料理をすることはできないでしょう。
実の母の手料理を、私はもう食べられない。
それもあるからこそ痛切に、私は「お母さんのごはん」をこんなにも求めるのかもしれません。


人間にとって、生き物にとっていちばんの根源。
食べること。
母はもうすぐそれができなくなります。
そのためにも、まだ少しでも物が口にできる間に、私はできるだけいろんなものを母に作ろう。
私たち子供のために、お母さんがしてくれたみたいに。
病気で熱を出した私に、お母さんが作ってくれたお雑炊。
そんな温かいものを、今度は私が作ってあげなければ。
by sima-r | 2008-05-09 11:06 | Mother
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るい 33歳女子。
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