生活チープサイド

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どんな絶望の淵にも存在するもの

部屋が本格的に狭くなってきたので、本を売り払う日々です。
母の闘病時に死ぬほど読んだ「ガン・ホスピス・死生学」関係の本を見るのが辛くなったので、先日大量に近所の古本屋に売りました。
そのため、今、その古本屋は局地的にものすごくホスピス関係の書物に強いことになっております。

それでも、内容がとてもよくて売れなかった本があります。

河辺家のホスピス絵日記』河辺貴子/山崎章郎
新ホスピス宣言』山崎章郎・米沢 慧
死ぬ瞬間』E・キューブラー・ロス

この3冊は、何度も繰り返し読みました。
『河辺家~』は、大腸がんの夫をホスピスで看取った方の本で、辛い中にもユーモアを忘れない著者・貴子さんの心のありようには本当に助けられました。
『新ホスピス宣言』は、副題が「スピリチュアルケアをめぐって」となっている対談集です。
死を前にした人の心の痛み(スピリチュアルペイン)にはどのようなものがあり、そして周囲はどうしたらいいのか、この本で多くのことを学びました。
『死ぬ瞬間』はあまりにも有名な本ですが、ホスピスの理念の礎を築いたロス女史による、末期がん患者へのインタビュー集です。

また、別の意味で売ることができなかったのが『インフォームドコンセントのための図説シリーズ 膵がん』です。
これは夫が探し出してくれた本なのですが、医師が患者に説明する際に使用する本なので、とてもわかりやすく病気について知ることができた本でした。
ただ、私はこれを母にも姉にも見せることができませんでした。
他の医学書もずいぶんつまみ読みをしましたが、そこで得た知識は、母本人はもちろん、いっしょに看護にあたった姉にも言うことはできませんでした。
患者用に書かれた本ではなく医師用に書かれた本は、かなりシビアなことが書いてあります。
私は、そんな情報をあの場に入れたくなかった。
いちばん大事なのは母本人であり、世間一般の病状ではない。
知識を得るのは大切なことだけれど、不要な情報というものもある。

このブログにこうした本の題名を出すのも、正直迷いました。
ただ、「膵臓ガン」や「ホスピス」というキーワードで来てくださる方もいらっしゃるようなので、もしお役に立てばと思いあえて挙げました。
家族がガンであるとわかる、ということが、ものすごい心の負担であると私はもうわかったから。
自分の人生もがらりと変わり、嵐に翻弄されるような気持ちになる。
情報がとにかく足りなくて、必死にネットで情報を集めたり本を読みあさったり。
そのときの不安がどんなに大きいか、辛いか、私にはよくわかるから。

ただ、これだけは言えることがあります。
それは、情報に惑わされないこと。
がんとわかると、本当に、本当に多くの情報にさらされます。
それをどこまで自分の中に入れるかの線引きをしないと、情報でおぼれるような思いをすることになります。
情報をすべて入れたい人も、そうでない人もいるでしょう。
患者本人が「すべて知りたい」と言っていても、本心は違うこともありえます。
そこは、そこだけは、一人一人違います。
どんなに多くの情報があっても、何よりいちばんの情報は、目の前の家族なのだと思います。

がんは厳しい病気です。
それでも、私の母はあんなにも最後まで美しく生きました。
母が命をかけて教えてくれたこと、それは「どう生きるか」、ということでした。

どんな絶望の淵にも、希望と笑いは必ずあります。
うまく言えないのですが、ここに「膵臓がん」というキーワードでたどり着いたあなたの旅が、光に満ちたものとなるよう祈っています。
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by sima-r | 2008-09-30 21:50 | Mother

人に返していく

Sちゃんから、北海道土産の手作りガラスの花瓶をもらった。

Sちゃんは、お母さんが2月に交通事故にあった。
脳に血がたまってしまい、普通の食事をとるのが難しいとのことだったので、介護食のレトルト製品を贈ったりしていたのだけれど、そうこうするうちに私の母が末期がんであることがわかり、それからはお互いに同志のように励ましあってきたのだった。
Sちゃんのところも両親は離婚しており、看護の実務とその責任一切を引き受ける辛さはよくわかったから。
まだまだ子供気分でいたのに、親の命にかかわる決断をしなくてはならないというのは、ほんとにヘビーな話だ。

大学病院とホスピスに寝泊りして看病していた私は、それまでよく知らなかった病院のしくみも少しはわかるようになっていたので、セカンドオピニオンを受けるときや、介護保険の申請のことなども彼女にアドバイスすることができた。
彼女はとてもとても頑張って、一時はほんとうに危なかったお母さんも無事に手術がすんだというからよかった!!

病気や事故は、ほんとにいつ襲ってくるかわからない。
一人でなんて、とても闘いきることはできない。
私は、病院での心構えを、夫の母から教わった。
昨年私が入院したとき、義母はずっとついていてくれて、怯える私のかわりに病院といろいろかけあってくれた。
それを身近で見て学んで、私も母のとき、同じように大学病院と闘うことができた。

そうやって、もらったものを人に返していく。
辛い思いをすればするほど強くなって、人を支えることもできるようになる。
私はまだまだヒヨッコだけれど、私のまわりの誰かが困ったとき、思い出してもらえる人になりたい。
不安で仕方ないとき、頼りにされるくらい強くありたい。
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by sima-r | 2008-09-29 22:53 | Mother

バンコクズ

今日はバンコクズ集会。

なっつんとデパ地下でおいしそうなものを買い込んでから、よっちゃん宅へ。
よっちゃんが、すごく嬉しそうに、なっつんと私をハグしてくれた。
ああ、なんか、こうやってみんなと会えるの、ほんとうに嬉しい。
やっと戻ってきた!!
今回はよーちんが来られなかったし、まきつんに国際電話もかけられなかったので、10月にリベンジで飲みをしようと言い合う。

いろいろ食べつつ、ヨータンと遊びつついろんな話。
ヨータンはいきなりしゃべれるようになっていて、かわいくてもうどうしよう!という感じ。
抱っこして「ヨータ、頑張ろうね~」と話しかけたら、「ウン」と返事が返ってきた。
2歳の子に励まされた。
よーし、頑張っちゃうぞ!

帰ると、母の詩集の書評が10月4日付の図書新聞に載ったそうで、詩集の出版社の編集の方が新聞原本を送ってくださっていた。
献本、もっとがんばらねば・・・。
やり残してることが多すぎる、私、と反省。

しかし、夫が1年半ぶりくらいにテレビを壁からつないでくれたので(普段テレビを全然見ないので、模様替えしたとき以来つないでいなかった)、夜はついついボキャブラ天国復活番組とかを見てしまう。
なつかしい! 高校時代、よく見ていたなあ~。
普段はyou tubeでテレビ番組を拾っているので、ひさびさに見るCMが新鮮だった。

明日から、もっと頑張ります。
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by sima-r | 2008-09-29 00:51 | Days

夢判断

母の夢を見た。

夢の中で私は実家にいる。
母はまだそこにいて、私は母の出してくる段ボールから、姉と私用に荷物を取り分けていた。
母が現実には死んでいることを、自分ではわかっているようなわかっていないような感じだった。
母は次々に段ボールを出してくるのだけど、最後に畳の部屋から出してきた段ボールを開けると、そこにはオモチャのようなキャベツや芋の小さい苗がたくさん入っている。
それをどうやって分けようかと迷っていたら、母が、「あんたたちがダブルバーガーが好きだから、育てて作ってあげようと思ったのよ」と言い、そこで初めて母は、自分にその時間がもうないことに気づいた顔をして、顔をくしゃくしゃにした。
私はそれを見たとたん、悲しくて悲しくてたまらなくなり、自分の泣き声で目が覚めた。
泣いて起きるのなんて、何年ぶりだろう。
そんな、彼岸の終わりの日。


その次に見た夢。

その世界には洪水が迫っていて、道はもう水でいっぱいだった。
私は図書館へ行き、そこが水で埋もれてしまう前に救い出す本を探している。
早くしないと逃げ遅れる。
なのになかなか本が決められない。
いよいよ、となって私が掴んだのは、ヒュー・ロフティングの『ドリトル先生のキャラバン』と、『宮澤賢治詩集』だった。


夢は正直だ。
私はまだ、吹っ切れていないのだなあ。


***
起きてから、夫と吉祥寺へ。
ニライカナイがやっていなかったので、ケーニッヒでホットドッグ買って井の頭公園。
野外ステージで地域猫の譲渡会をやっていて、ケージに入れられた猫たちをじっと見た。
あの子らが、よい環境ですごすことができますよう。
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by sima-r | 2008-09-28 01:16 | Days

アートデイ報告

さて、遅ればせながらのアートディのレポートです。

前日夜中までの大雨が嘘のように、晴れ間の広がった当日。
昼の光の中で見ると、カラフルなネアリカに満ちあふれたギャラリーが輝くようでした。
ものすごい!パワーに満ちた空間でした。
ネアリカって、ほんと独特の存在感があるなあ~。
色が、濁らないで目に飛び込んでくる。
近くと遠くで全然表情が違う。
そして、創る人によってまったく違う。
左側の壁はhideさん、右側の壁はSACHIKOさんの作品が展示されていたのだけれど、見比べると毛糸の選び方とかデザインの仕方が全然違っていて面白かったです。
SACHIKOさんの最新作「トリックアート」は、まさに極彩色なのに不思議に色が調和していて、入り組んだ模様に隠されたたくさんの生き物を探すのが楽しい作品でした。
hideさんがいちばん思い入れのある作品はヒメギフチョウがモチーフの「命の杜」なのだそうで、たしかに、ライトアップされた大きな蝶は内から光るような存在感がありました。

ネアリカの公募作品を見ると、さらに個性が際立っていました。
ものすごーく緻密な人、アイディアの面白い人、なべしきみたいな人(それは私)。
毛糸の貼りかたや色の選び方も個性的で、こういう企画って面白いなあと思いました。
公募作品はお客さんから投票がされるので、自分のネアリカが0票だったらどうしようとドキドキでしたが、0じゃなかった!よかった!
私は「夢心」というのがすごく好きでした。

あとのメイン展示であるmomoさんの写真は、風景や花の写真と、あとはライブ写真。
風景写真もとても素敵だったのだけれど、このライブ写真がとっても!見ていて楽しかったです。
動きがあって、ファンキーな感じで。
見ていて楽しい写真って、何よりも、写真を撮る人と撮られる人の気持ちが通じてることなのかも。
写真には映らないカメラマンの存在が、そこで現れるのだなあと思いました。

もうひとつの写真展示、トモさんのパキスタンの写真、これもほんとに、人の顔が生き生きしている!!
でも、何より感動したのは、クリアファイルに綴じられて見られるようにしてあったトモさんの旅日記でした。
お菓子のパッケージの裏にまで書かれた、詩のような散文のような文。
いま書かないと消えてしまう言葉たちを、トモさんが必死に、鉛筆が追いつかないくらい急いで書きとめたような。
詩って、たぶんこうやって生まれるものだと思いました。
部屋で机に向かってウーンとうなって出てくるのも詩だけれど、旅でなくても、通勤電車の中でも、「いまこの気持ちを書きたい!」という衝動が突き上げてきて書かれるもの。
そういう気持ちのエッセンスって、読んでいてすごくパワーがあるなと思いました。

午後2時からは、ギャラリーの中でバンドPLOのライブがありました。
すごくいい声のボーカル、泣かせるピアノ、的確なベースの3人編成のバンドです。
いろいろなカバー曲をやってくれたのだけれど、いちばんよかったのはオリジナル曲の「この国に生まれて」でした。
友人の結婚式のためにつくったという曲ですが、贈られたその友達は嬉しかったろうな~。
途中、hideさんの呼びかけで、いま膀胱ガンで闘病中の「月の庭」店主のマサルさんに祈る機会がありました。
でも、私はそのときの歌よりも、「この国に生まれて」の方が祈りにふさわしい気がしました。
あなたがいて、私がいて、だからこの国に生まれてよかった、というこの曲。
たとえどんな状況でも、シビアな現実があっても、誰かがいることが嬉しいという気持ちが「祈り」につながるのではないかな。
なので、曲を聴きながら、いま戦っているいろんな人のことを考えていました。

夕方くらいに、Johnnyさん到着!
母が亡くなったことでいろいろ相談にのってもらっていた私は、Johnnyさんに会えてほんとによかった!
私の夫も同じ頃到着したので、二人でいろんな話を聞きました。
心に残ったのは、「人間は食べて出すだけの生き物だ」ということ。
このことは、Johnnyさんは何回も言っていました。
食べて出す以外のことはハナクソみたいなものだって。
私は7/31に母が亡くなってから、しばらくご飯が食べられなくなっていて(今は食欲戻りましたが)、ふらふらになっていました。
固形のものとか肉とかが見るのも嫌になってしまって、どんどんやつれていました。
それで思ったのが、ほんとに食べ物は生きる上での基本なんだなということ。
どんな高尚な考えも、それを考える頭はエネルギーがなければ動かない。
ニンゲンは人間である前にまず生き物で、生物としての自分をちゃんと機能させなければと。

あと面白かったのは、アイヌの模様(私は初めて見た)とか唐草模様みたいなうずまき模様が万国共通で、いろんな先住民族のアートにそれが残っているという話とか、中野の町の面白さとか、1965年を境に音楽が変わったというのとか。
ドラマーの人の音楽の聴き方って、音楽初心者の私なんかとは全然違ってて、リズムから音楽を聴いているんだなあと思いました。

夜になってから、お待ちかねJohnnyさんの弾き語りショー(笑)開催!
Coolsのハーレーダビッドソンから始まったので、すっかり嬉しくなる私。
私はJohnnyさんに教えてもらってCoolsを聴き始めたばかりなのだけれど、ウキウキでとても好きな曲です。
そして、次の曲(題名ど忘れ)の最中に突然電気が消えました。
「暗いよ!」と困るサングラス着用のJohnnyさん。
そこへ、今日誕生日のゆかさんのため、トモさんがケーキを持って登場したのでした。
階段をゆっくり登ってくるトモさんは、にこにこしていてすごくかわいかったです。

それからJohnnyさんが、「自己紹介代わりの曲を」といって弾いてくれたのが「Johnny B. Goode」。
音楽初心者の私でもわかるスタンダード!!
あと何かの曲で、私の名前を入れて歌ってくれたのがあって、すごい照れました。わーわー。

そしてAKIRAさんの「祈りの歌」をボサノバ調で。
私は、正直言うとこの歌はまだちょっと聴くのは辛いのでした。
というか、AKIRAさんの「家族」というアルバムも、その他の病院やホスピスで聴いていた音楽全て、まだまともに聴き直せないのでした。
いま、私は亡くなった母のことから全力で逃げているから。
早く母のことを考えなくてすむようになりたくなっているから。

最後は、先日乳ガンで亡くなったLucyさんに捧げる歌。
米軍キャンプに勤めていた彼女が、AKIRAさんの曲を英訳した曲2曲。
人はいなくなっても、歌は残る。
私の母が詩を残したように、Lucyさんは歌を残したのだなと思いました。
読んでくれる人がいれば、歌ってくれる人がいれば、そこにその人はよみがえるのだなあ。

そして夜も更けたところで、東中野のライブハウス、プリズン東京へみんなで移動して打ち上げ。
Johnnyさんのかっこいいドラムもやっと聴けたし、乃地帯の皆さんの曲も、Johnnyさんとカルロスさんの組み合わせの弾き語りも聴けたし、プリズン東京のマスター、ミッチさんの歌も聴けたし。
ほんと、その場にいる人みんなが、好きで好きでたまらなくなった良い夜でした。
何か辛いことがあっても、この日のことを思い出せば元気が出る。
そんな、ほんとうにほんとうに、楽しい一日でした。
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by sima-r | 2008-09-26 21:37 | Days

しめなおせ。

自分のバカさかげんにほとほと愛想がつき、夜、布団の中でひたすら自分に罵詈雑言を心の中で浴びせていたら全然眠れなくなり、本日はほぼカンテツで会社に行ってまいりました。

もう、私、ほんとバカでアホでアンポンタンだ!!
穴があったら入りたい!!
私はもう、最低!虫以下!アメーバ以下!!
すべての生き物以下!!
あらゆる事象の最下層!!
…と、まんじりともせず考えているうちに窓の外が白み始め、これはいかん!と眠ろうとしたら猫が起きてきて、私の顔をぎゅうぎゅうと肉球で押して起こそうとするという。
いったいぜんたい、これはなんのプレイなんですかー!!

この、「眠らずに自分をひたすらバカだと考え続ける」という、まるで怪しい宗教の洗脳システムのようなことをやった結果、ひたすら周囲のものに感謝の気持ちがわきあがってきました。
なんだか、ものすごく素直な気持ち。
ものすごく、人の優しさが身にしみる。
こんなダメな私なのになあ。
こんな無価値な、ダメ人間の塊のような人間に、みんななんでこんな親切なんだろう?

しかし、ほんと自分がどんなにダメな人であるのかがよくわかった。
甘えるのもいいかげんにしろと言いたい。
ふんどしのひもをしめなおせ、自分。
ちゃんと生きろ、自分。
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by sima-r | 2008-09-26 20:38 | Days

アートデイ前夜!

今日は明日のアートディのため、仕事帰りにネアリカ(毛糸絵画)展示の手伝いへ。
会場の「ちめんかのや」は、すごく素敵な雰囲気のところでした。
地面下の家(ちめんかのや)という名のとおり、店内へはすぐに階段を降りていくのですが、アンティークな店内は不思議な造りで、ネアリカ展示とライブ会場となる場所は地上二階で、楕円の窓が素敵な空間でした。

そしてそこに飾られるネアリカ達が、ほんとにすごい!!
点数にして何点あるのか、とにかく満ちあふれる色と光!!!
メインはネアリカアーティストであるhideさんとSACHIKOさんの作品、そしてmomoさんとトモさんの写真、そしてネアリカ公募作品なのですが、とにかく見所が多くて展示しながら見入ってしまいました。
AKIRAさんの油絵も2点特別展示されたのですが、すごい迫力!!
やっぱり生で見ると違うなあと思いました。

私はこういう展示の準備は初めてだったので、ネアリカを吊したり脚立でピクチャーレールを動かすのとか、なんだかテンションが上がりました。
文化祭前みたいに、みんなで何かをやるのって楽しいんだなあ~。

あいにくの雨ですが、もし来られる方はほんと必見ですよ~。
もれなく私の公募作品のなべしきも見られます!(それはいらない…)
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by sima-r | 2008-09-20 01:39 | Days

ネアリカをつくる

現在、鋭意ネアリカ制作中です。

というのも、あるイベントにネアリカを恐れ多くも出品しようと思ったからです。
しかし、ピンクと白の毛糸で渦を作っていったら、まるでナルトのようになってしまったり、それを回避しようとしたら今度は「なべしき」のようになってしまったり。
でも、手を使う作業は楽しいです。

ネアリカとは、メキシコ山岳部に住む先住民ウイチョル族がつくる、毛糸でつくる絵画なのだそうです。
私はこれまで、このネアリカというものを全然知らなかったのですが、母の詩集を発行するにあたり、母の友人であるアーティスト、AKIRAさんのネアリカを詩集の表紙に使わせてもらったことでこの表現方法を知りました。
毛糸を台になるキャンパスその他に貼っていくこの表現は、不思議な立体感があって見ていて飽きません。
油絵とも水彩とも全然違う、ダイナミックな、プリミティブな美しさがあります。


今日は母の詩集の校正をやってくださったていさんと電話しました。
本当に、頼れる素敵な方!
しかし、最近私はすっかり献本作業を怠けていたので反省しました。
奇跡みたいなあの詩集、ちゃんと届けなければ。
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by sima-r | 2008-09-17 00:30 | Days

母宅の引越し

昨日は、母の闘病のために借りた部屋の荷物を、母の自宅へ引越しをした日でした。

その日が近づくにつれ、精神的には本当にきつい思いをしました。
鬱だからだとは思いますが、正直、死んだ方がいいとまで思いました。
全部の事務手続きとか手配を一人でやるのがしんどくなり、姉に怒ったり、友達に八つ当たりメールを出してしまい、自己嫌悪で最悪でした。
なのであまり、この一週間のことは思い出したくありません。

何が辛いのか、自分ではそのときよくわかっていませんでした。
でも、今思い返すと、私は平塚の母の自宅へ行くのがほんとうに怖かったのだと思います。
最後にあの家を出たときは、母といっしょでした。
闘病のためとはいえ、新しい部屋へ引越しをする希望にあふれて、母と二人でドアを閉めた。
その家に、この5ヶ月閉め切ったままのあの家に、今度は母不在で行く。
それが、ほんとうに私は辛かったのだと思います。

引越し屋を送り出したあと、平塚に向かう途中、私はほとんど暴力的に眠りたくなりました。
姉が横でいろいろ話しかけても、耳に入らない。
このまま眠ってしまいたい。
平塚の母宅に向かう道を歩きながら、自分の心が2メートルくらい浮き上がったような、非現実的な感じがしました。
ただただ、何かに助けてもらいたくて、夢うつつのような気持ちで花を探しました。

これまで、花を見るたびに母を思い、友人を思い、祈ってきた私です。
それでも昨日は、私は誰のためにも祈れなかった。
助けて、って思いながら、通りすがりのアサガオを見た。
ほんと、死ぬかもって思った。

それでも、無事に荷物の搬入もすみ、姉と二人で飲んだあたりで心がずいぶん楽になりました。
姉と私は、性格も趣味もまったく違っているけれど、母のことについて、いちばん精神的にわかりあえるのはやっぱり姉なのでした。
「肉親」でしか、こういうことはわかりあえない。
だから姉を産んでくれた母に、父に、いまさらながら感謝しました。


そして明くる今日は、ほんとうにひさしぶりの100%休日!!
ほんとに、何ヶ月ぶりだろう?
念願の朝寝坊をして、都心で仕事のある夫といっしょに外出。
ワタリウム美術館で野鳥(たぶんエナガ)のクリップを買ったり、夫が写真を撮るのにつきあったり、20年ぶりくらいに通った原宿の竹下通りでクレープ(20年前はこれが基本だったから!)を食べたり。
こういう、普通の休日が、ほんとに私はやりたかったんだな~。
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by sima-r | 2008-09-15 20:37 | Mother

祈りの花7

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7年前、たくさんの人が死んだ。
その日に、私は自分の身の回りの人とその家族の心が平安であることを祈る。
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by sima-r | 2008-09-11 22:22 | Days



日々思うこと。
るい 33歳女子。
<家族> 
夫 (スペハズ)
息子(ピースケ)
猫 (おひげ)
今日のピースケ
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