生活チープサイド

カテゴリ:Days( 183 )

あの日のこと

土曜日、おなかが痛くなった。
生理痛のような鈍痛。
2時間半ごとに痛みが強まる気がして、とても怖かった。
日曜日にはそれはおさまったのだけれど、今日になってまた痛くなってきた。
とても怖い。

ピースケを産んだ時も、こんな痛みから始まった。

朝起きたときからなんとなく痛くて、だんだんそれが強くなっていった。
おなかの張りは全然ないので、下痢じゃないかと看護師さんや先生に言われた。
そうかと思って何度もトイレに行ったけれど何も出ず。
夕方にほんの少し出血があってナースコールしたけれど、張りもないし様子をみようということになった。

夜11時頃に痛くて目が覚めた。
歩くこともできなくなり、車椅子でトイレに連れて行ってもらった。
でも出ない。
当直の年配の看護師さんは、私に睡眠薬を飲ませて眠らせようとした。

しかし痛い。
またナースコールすると同室の人を起こしてしまうので申し訳なくて、一人でトイレに行った。
痛くて痛くて、スリッパも履けないくらいだった。
でも出ない。
あまりに辛くて、トイレでナースコールした。
看護師さんは、「さっきは車椅子だったのにどうやって来たのかしらねw」みたいな雰囲気。
頑張っても何も出ないと言うと、これを塗って出せと言われて、手にヌルヌルするゼリー状のものを塗られた。
でも出ない。

諦めて個室を出たところで、痛くて痛くて動けなくなった。
車椅子を動かされるのすら耐えられず、洗面台にしがみついて、めがねも投げ捨てた。
そこでようやく当直の先生に診てもらえることになった。

先生が来るまでに、おなかにNST(おなかの張りを見るモニタ)を巻かれた。
しかし張りは全然出ない。
看護師さんたちが「張ってないね〜(やっぱ下痢じゃない?)」と言っていたのが今でも忘れられない。

先生が来て、やっと内診になった。
手を入れた途端、「全開だ、すぐ救急車!!」と言われた。
入院していた病院は個人の産院だったのでNICUがなく、32週では産むことはできなかった。

周りが途端に慌ただしくなった。
荷物をまとめに、看護師さんが病室に駆け上がっていく。
家族に連絡を、と言われたけれど、そのときちょうど夫は、夫の祖母が危篤で岐阜に行っていたのですぐには来られない。
当時千葉に住んでいた姉は、深夜だったので電話に出ず。
都内にいる唯一の肉親である父親は、酔っ払っていて話が通じなかった。

私は、まだ状況がよくわからなかった。
横に来た看護師さんに、「これから持ち直すことはあるんですか?」と聞いたら、看護師さんは気まずい顔をして、「もうお産になると思います」と言った。

救急車が来たときには、赤ちゃんの頭がお尻につかえているような感覚があった。
陣痛は5分おき。
いきむと赤ちゃんが苦しいから、痛みを逃せと言われた。
救急車の天井の継ぎ目のネジをずっと見つめながら、深呼吸して痛みを逃がした。

パニックにはならなかった。
泣いたり動揺したりする暇があったら、早く産んでしまう赤ちゃんのためにできることを全部しようと思った。
陣痛が来るたびに「痛くなってきました」と伝えて、あとはひたすらいきみを逃していた。

救急車が搬送先の大学病院に着いた。
明け方の3時半くらいだっただろうか。
外は強い雨が降っていた。
当直の先生が、玄関まで迎えに来てくれていた。

分娩台に上がって、また痛みを逃がし続けた。
助産師さんが一人ずっとついてくれていて、「痛くなってきました」と言うとお尻を押さえてくれてすごく助かった。

痛みはどんどん強くなって、逃がすのがきつくなってきた。
ずっと、分娩台のシートの縫い目をにらんでいた。
赤ちゃんの心拍の音が弱くならないかが心配だった。

朝8時すぎに、先生がやってきて内診した。
そのはずみで破水。
分娩台は、よくテレビで見るように起こした状態ではなくてベッドのように寝た状態だったのだけれど、その方が楽だと言うと、寝たままで出産にしようと言ってくれた。

寝たまま、大きいいきみが来た。
もういきんでいいと言われて、2回くらいいきんだ。
その途端、何か大切なもの、体の一部が外れたような感じがして、思わず「あっ」と声が出た。
出産だった。

産声がした。
思ったより高い声。
処置をしてNICUに運ぶ前、赤ちゃんを見せてくれた。
赤紫の、ちっちゃなちっちゃな頭。
ほっぺに少しだけさわって、思わず「ごめんね」と声をかけた。
そうしたら、ちっちゃな顔がシワシワになって、赤ちゃんは泣き出したのだった。

あの時、「ごめんね」じゃなくて「よく頑張ったね」って言ってあげればよかった。
「ありがとう」って。

いきみを逃がしているとき、赤ちゃんが苦しくないようにとばかり念じていた。
私のせいで余計に赤ちゃんが苦しくならないように。
私にできるのは、もうこんなことしかないから。
赤ちゃんの心拍をずっと聴きながら、赤ちゃんも一緒に頑張っている!と思った。

今、ピースケのときと同じように切迫早産になって、決めていることはふたつある。
ひとつは、赤ちゃんのためにできることはなんでもすること。
どんな治療も、辛さも我慢する。
もうひとつは、赤ちゃんが産まれたときに「ありがとう」って言うこと。
ありがとう、よく頑張ったねって。

どうか、まだ赤ちゃんをおなかに入れておけますように。
痛みは相変わらず、弱くなったり強くなったりしている。
診察をしてもらったら悪化はしていないそうで、少し安心したけれど。

子宮頸管無力症だと、おなかが張らなくてもお産になるらしい。
入院していた産院で子宮口が全開になるまで放置されたことを、ずっとどうなんだ?と思っていたけれど、本当に張らなかったからわかりようがなかったのかもしれない。
だとしたら今回も、張らないままにお産になるのかもしれない。

痛いと怖くなる。
あの日のことばかり考えてしまう。
早く2週間くらいたってくれたらいいのにな。
[PR]
by sima-r | 2011-08-29 17:48 | Days

1500超え!

今日で30週5日。
赤ちゃんは1500グラムを超しました。

先週出血したときは10分おきにおなかが張っていましたが、今は短くて15分、長いと1時間以上あくことも増えてきました。
このまま落ち着いてほしいなあ〜。

ただ、赤ちゃんの入っている袋が、内診のときに(超音波で)見えるところまで下がってきているらしく、まだまだ怖いです。
少しでも起き上がると赤ちゃんがずるずる落ちてきてしまう気がして、食事も寝たままとっています。
おかげで胸やけがひどくて、なんだか声までしわがれ声になってしまいました。

トイレは、ベッド上に挑戦しましたがどうしても出ず、導尿のみ。
大の時は車椅子でトイレに連れていってもらっています。
この間出血したのはトイレでだったので、これが本当に怖い〜。
毎回、水風船を針山に乗せて運んでいるような心境です。

張り止め点滴のマグセントには筋肉が弛緩する作用があるので、立つと産まれたての子馬のようにブルブルふるえてしまいます。
自宅安静も含めると1ヶ月以上寝たきりなので、筋肉自体なくなってきてるのだと思います。

先生の方針では、今週はこれで様子を見て、来週以降も落ち着いていたら、導尿を外すかもう少し起き上がってみるか、とのことでした。
導尿も、ずっとしていると感染の危険があるそうです。
でも、正直、怖い〜。
寝てるから落ち着いているのであって、起きたら赤ちゃんがどんどん下がって出てきちゃうんじゃないかしら。
せめてあと2週くらいは大事大事でいきたいのだけど・・・。

この病院は大きなNICUがあるので、産科の先生たちは「たとえ今出てきても大丈夫!」という自信があるのだと思います。
私も、ピースケが小さく産まれてここのNにお世話になったので、その技術力には大きな信頼をおいています。

でも、やっぱり、私は大きく産んであげたい。
産んだのに、授乳はおろか抱っこもできず、ちいちゃい手と足に点滴をされていたピースケ。
搾乳も毎日の病院通いも、本当に本当に大変でした。
よく、赤ちゃんが家に来ると大変だよ、とか言うけれど、私はピースケが退院して家に来た時、あまりの楽さに唖然としました。
もう搾乳しなくていいなんて!
病院行かなくていいなんて!!

その後の発育も心配でした。
今だって心配です。
ピースケは言葉は早いけれど、体の発育はゆっくりめです。
普通に産まれていたら「個性だね」ですんだところを、「大きく産んでいたら違ったかもしれない」と思い続けてしまいます。
それはきっと、ピースケが大人になってもおじいさんになっても、私の子であるかぎりそう思ってしまうのだと思います。

だから、私は赤ちゃんを大きく産みたい。
先生に、「だって、Nに通うのってほんとに大変なんですよ。搾乳も大変だし、その後もずっとずーっと心配なんですよ」と言ってしまいました。
産科の先生は、産むところまでだから。
その後の長い長い人生までは、見ていないと思うから。

赤ちゃんのためになることなら何でも言うことを聞きますが、納得できないことには反論したい。
大げさな患者と思われようが、めんどくさいやつと思われようが、私だけは食い下がっていかなければ。

1分でも長く、1グラムでも大きく。
赤ちゃんよ、大きくなれ〜!!
[PR]
by sima-r | 2011-08-25 09:43 | Days

自分らしいお産

ピースケを妊娠していたとき、突然切迫早産と言われて入院になった。
仕事も何もかもやりかけのままだったから、入院している間ずっと、やりたかったこと、できなかったことを考えてしまって辛かった。
母親学級にも行けなかった、ベビー服も何もそろえてない。
世間の妊婦さんができることが、私にはできない。

ちょうどそんなとき、ナチュラルな生活を志す知り合いの夫婦が、「自然分娩は素晴らしい!自然なお産で産まれた子供は、帝王切開や陣痛促進剤で産まれた子よりいい子が多い!」と言っていて、それがとても辛かった。
その知り合いの奥さんはその後妊娠し、臨月まで薪割りをして、毎日3時間歩いてとても頑張って、自然分娩でかわいい子を産んだそうだ。

そしてまた同時期に別の知り合いが、「バーストラウマ」とかいう変な思想を紹介しているのを読んでしまった。
当時は読むのがあまりに辛く、ほとんど記憶にないけれど、要するに、産まれた瞬間の記憶が怖いと赤ちゃんのトラウマになってしまうという考え方らしい。
早産だと死に対する恐怖があるとか、お尻を叩かれて蘇生されると、お尻を叩かれないと何もできない人になるとか。(なんて直接的、なんてばからしい!)

でも、当時はそれらを馬鹿らしいと笑う余裕はなくて、毎日点滴しながら、ずっと怒っていた。
自然分娩の方がいい子が多いと言ったり、バーストラウマを紹介した知り合いはどちらも男だったから、自分で産みもしないくせに夢見てんじゃねえ、と、本当に本当に腹を立てていた。

でも、今は思う。
そう思いたい人は、別にそう思っていてもいい。
そういうことを信じる人たちで集まっていればいい。
私はそうは思わないから。

臨月で薪割りなんて、私にはできない。
それは、心がけとか努力でどうにかなるものではない。
私は、体は健康だけれど、妊娠については人とは違っている。
子宮外妊娠をしたから卵管も1本切ってしまっているし、子宮頚管無力症もあるようだ。
初めから、スタートする位置が違っているのだ。

それを思うと悔しい気持ちもある。
なんで私だけ、と思うこともある。
だけど、それが私に配られたカードなんだから仕方がない。
そのカードの上限いっぱいまで、頑張るしかないんだ。

今の私は、ほんとに上限ぎりぎりだ。
水曜日に大出血して、張り止めの点滴はMAX、体内のどこかで炎症もあるらしくて抗生剤も点滴している。
持病の喘息は腹圧がかかってよくないから、ステロイドの吸入も予防のためにMAX量している。
入院するまでは放射能を警戒して、西の野菜しか食べなかったけれど、病院食を拒否することもなく食べている。
ナチュラルなお産とはほど遠い。

でも、私は、そんな自分を誇らしく思う。
私は、自分にできる以上のことをやっている。
それだけは胸を張って言える。
誰にも文句は言わせない。

ちょっとオーガニックな雑誌や本を見ると、「自分らしいお産」とかいう言葉がよく出てくる。
助産院で麦飯を食べて薪を割って・・・というのから、高級フレンチを出す豪華産院だとか水中出産、無痛分娩だとか。
それぞれ、いろんな良さがあるんだろう。
何を選んだっていいのだ。
選べる人は、なんでもできるんだから。

私は、何も選べなかった。
選べなかったけれど、私はピースケのときも、そして今も、自分らしいお産に向かっていると思う。
自分らしさなんてそんなもの、極限状態になったら自然にわいてくるものだ。
選ぶんじゃなくて、滲み出るものなんだ。
私は、それに気づけて本当によかった。

人は、持ってるものが少ない方が、自分の道が見えやすいのかもしれないな。
たくさんのカードを持っている人は、選べるぶんだけ迷いも多くなるんだろう。
それはそれで大変なことだ。

「自分」を探したり、「自分」らしさを追求したり。
「自分」なんて、選びようもなくただあるものなのに、生きているだけで浮かび上がってくるものなのに、豊かすぎて情報に紛れてしまっている。

どんな道を辿ってもいい。
薪を割ろうがフレンチを食べようが、無痛だろうが水中だろうが切迫早産だろうが。
すべての妊婦さんは頑張っているし、どんなお産も尊い。
どんな道を選んだって選べなくったって、どんなお産も「自分らしい」と、すべての妊婦さんが思うことができますように。
[PR]
by sima-r | 2011-08-20 21:00 | Days

凧になりたい

先生が、いつ産まれてもおかしくないと言うので、先生が帰ったあと、みっともなくワーワー泣いてしまった。
泣くとおなかが張るから、もう泣いてはいけないのだけど。

赤ちゃんのためにご飯を食べ、赤ちゃんのために眠り、赤ちゃんのために点滴をして、赤ちゃんのために生きている。
赤ちゃんに自分のすべてをあげたいと思っているのに、どうしても自分の側に残ってしまうのが、この、感情というやつだ。
うまく手懐けて、赤ちゃんにそうっと引き渡そうと試みているのだけれど、ときどき獣のように暴れ出してしまう。

入院してから、野坂昭如の「凧になったお母さん」という物語を何度も思い出していた。
燃え盛る空襲のなか子供に覆いかぶさって、文字通り汗と涙と、枯れたはずのお乳を我が子に塗って、子供を守ったお母さん。
あげられるものが何もなくなったとき、お母さんは全身の毛穴から血を噴き出して、我が子を猛火から守り抜いたのだ。

あのお母さんみたいに、私も赤ちゃんに自分の全部をあげたいな。
命なんて、もうとっくにあげてしまった。
あとは、この感情というやつだけだ。
これだけが、私は悲しみたいと、怒りたいと暴れるのだけれど。

これを赤ちゃんにあげることができたら、私はほんとうに奇跡が起こせる気がする。
命なんか感情なんか、全部赤ちゃんにあげて軽くなって、私は空だって飛べるんじゃないかと思う。
[PR]
by sima-r | 2011-08-19 11:59 | Days

出血

さっき、出血をしてしまいました。
破水はしていないものの、厳しい状況です。
あと1〜2週間かもしれません。

どうか皆さん、祈っていてくださいね。
一日でも一秒でも、赤ちゃんがおなかにいられますように。

この間先生が、お母さんが昼寝してる間に5グラムくらい大きくなるよ、と言っていました。
それが今の私の励みです。
[PR]
by sima-r | 2011-08-17 18:54 | Days

ちょっとそこまで

急な話ですが、明日から14日までハワイに行ってきます!!

義弟の結婚式があって、本当はピースケも小さいし行かないつもりだったのですが、土壇場になって行くことに決定。
ほんとう~に土壇場。
なんせ飛行機のチケット取ったの昨日ですから・・・。

行くからには、ピースケも一緒にみんなで楽しんできます!!

さ~、荷造り荷造り・・・。
[PR]
by sima-r | 2011-02-09 23:53 | Days

家のこと

しばらく家のことばかりやっていました。

というのも、それまで使っていた電子レンジが壊れてしまい(天井が劣化して穴が開いた)、新しいレンジを下見に行ったら冷蔵庫もほしくなってしまい(これまで小さいのを使っていた)、そうなるとレンジ台も必要になり(レンジを冷蔵庫に乗せてたから)、レンジ台を置くとゴミ箱が置けなくなるのでどうするか考えなくてはならず、もう~!!
楽しい~。
新しい電化製品や家具を買うのって、すっごく楽しいなあ。

昨日新しい冷蔵庫がやってきたのだけれど、最近の冷蔵庫はほんとにすごいなあと感心した。
電気代は安いし、野菜も全然傷まないらしいし。
これで、たくさんおいしいものを作るぞう~。
冷凍庫が大きくなったので、ピースケの離乳食のストックもたくさん保存できるなあ。

ピースケの離乳食は、まだ2回食。
だいぶ固形のものも食べられるようになってきたし、そろそろ3回食でもいいかな。
保育園主催の離乳食教室に行ったら、手づかみ食べをどんどんさせるように言われたので手づかみ練習中。
持ちやすいものなら上手に食べられるようになってきた。
ぐちゃぐちゃのおかずも、一生懸命つかんで食べられるときも。(でも顔も体もぐちゃぐちゃになる)
昨日今日とブドウをあげてみたら、昨日より今日の方が格段に食べるのが上手になっていてすごいなあと思った。
成長してるんだなあ。

成長が目に見えるってすごい。
大人になっちゃうと成長してるのかしてないのかわからなくなっちゃうけど、昨日より今日、今日より明日とできることがどんどん増えていく、子供ってほんとに可能性のかたまりなんだな。
[PR]
by sima-r | 2010-09-22 10:31 | Days

自然について思うこと

週末、近所の自然食のお店で食事をした。
マクロビオティックというのか、その店では肉は使わず野菜メインの食事が売り。
おみそ汁は、昆布やかつおみたいな出汁ではなく、キャベツの外の葉や大根のへたなどで出汁を取っていて、それがまた濃厚ですごくおいしかった。

でも、ちょっとムム?と思ったのがこんなセリフ。
「自然食好きな家の子供は、お店で騒いだりしないいい子ばかり」というオーナーの女性の言葉だった。
うーん、ちょっと待って、それって本当に自然食のおかげなのかな?

有機野菜の無農薬の野菜は、それはおいしいだろう。
肉を食べない理由はよくわからないけれど、高タンパクでない食生活も健康にいいのかもしれない。
白砂糖はダメ!とそのオーナーは言っていて、その理由もよくわからないけれど、まあヘルシーでいいのかもしれない。
でも、そんな食生活をしていればイコール子供がいい子になるってことではないと私は思うのだ。

先日、自然出産を勧めている人の日記に、コメントを残したことがある。
その人は、自然出産で産まれた子供は、帝王切開や陣痛促進剤で産まれた子よりもいい子が多い、と書いていて、私はそれにどうしても異を唱えたかった。
産まれ方なんてどうでもいい、子供とお母さんが元気なのがいちばんで、いい子に育つかどうかなんて、その後の育て方の問題だと思うからだ。

今回の自然食の場合も同じだ。
自然出産だから、自然食だから子供がいい子になる、というのは、そもそもの視点が間違っている。
たぶん、本当にいい子は多いのだろう。
でもそれは自然出産or自然食だからではなくて、その家庭が育児にどう向き合っているかなのだと思う。

自然出産や自然食を志向する家庭は、(それが正しいか否かは置いておいても)子育てに真剣な家庭が多いのだろう。
少しお金がかかっても有機野菜を食べるように、子供にお金や手間を一般よりはかける家が多いのではないだろうか。
そうやって育てられた子供は、親がしっかり向き合ってくれたぶん、情緒が安定していわゆる「いい子」に育つのではないだろうか。

ただ、それは何も自然だからではなくて、世の中にはいろんな子育て方があって、そのすべてに言えることだと思う。
要は、自然か否かではなく、親が子供に向き合っているかどうかなのだ。

それをすっ飛ばして、「自然だからいい子」と短絡的に結論付ける考え方は、危険な気がする。
そういう考え方はカルトや選民志向にもつながっていくし、第一とても視野が狭くて貧しい感じがする。

自然ってなんなんだろう。
自然って言われると、すごく体に良さそうだしのびのびした雰囲気があって素敵だなあと思うけれど、「自然がいちばん、それ以外はダメ!」という考え方には、最近ちょっとおなかがいっぱいな気持ち。

自然もいいけど、化学だって素晴らしい。
人工も便利だし、自然も楽しい。
要は、自分が何が好きかが大事なのだと思う。
相手を否定するんでなく、自分が好きならそれだけでいい。

私は家では布おむつを使っているけれど、それはピースケのためじゃない。
私が楽しいから使っている。
布の方が紙に勝るなんて思ってもいない。(紙はほんとに便利で快適だし!)
ただ、布おむつを取り換えたり洗ったりするのが楽しい。
「お世話してるぅ~!」って思う。 

自然出産や自然食を礼賛しすぎる人たちも、そういう風に思えるようになるといいな。
自然出産が好きだからやった、自然食が好きだからやってるっていう風に。
ほかと比べずにいいと思うことは難しいけれど、いろんな考え方がたくさんある、その方がずっと「自然」なんじゃないのかな。
[PR]
by sima-r | 2010-09-06 12:02 | Days

使えない図書館

最近は本ばかり読んでいる。
中央図書館が徒歩10分くらいのところにあるので、ベビーカーに本の入ったカバンをぶら下げて出かけている。

でも、この図書館が、もう、使えないったら!!

中央図書館というからにはこの町でいちばん大きな図書館なのだけれど、まず、本が全然ない。
あっても(スペースの関係で)ほとんどが書庫にあるので、わざわざ検索して図書館員に取ってきてもらわなければならない。

私は、何度も書いてきているけれど子供の本が好きだ。
図書館は、子供時代の私にとっては住処みたいなものだった。
家の近くの図書館は普通の図書館だったけれど、今思うととても品ぞろえが良かった。
天井近くまである本棚に、まだ読んだことのない本がたくさんつまっていてわくわくした。

しかし、最近の図書館の児童書コーナーは、本棚がのきなみ低い。
高さが腰くらいまでくらいしかない。
そうすると、当然置場がないから本が書庫にしまわれてしまう。

大人ならいい。
これまでたくさん本を読んでいて、著者名などで検索して探せるんだから。
でも、まだ本を読みなれていない子供には、私は本を物理的に目の前でどっさり見せることが大切なんじゃないかと思う。

たとえば、アーサー・ランサム全集。
たとえばドリトル先生シリーズ、怪盗ルパン。
そういう、10冊以上の長いシリーズが、本棚にぎっちり詰まっているのを見ないとだめだ。
シリーズのほんの1冊だけを申し訳程度に書棚にさしているのでは、その本の後ろに、たくさんのわくわくするものが隠れていることがわからなくなってしまう。
ましてや本が図書館にあるのに書庫にしかないのでは、その本の存在を知らない人は一生その本を目にすることはないだろう。

こんな風に思ったのは、昨日、リーネ・コーバベルの『秘密が見える目の少女』の2巻を読みたくて探したら、1巻と一緒に書庫に入っていることがわかったからだった。
この本は装丁と題名が子供っぽいので大人はなかなか手に取りにくいけれど、すごーく面白いのだ。
人の秘密を目を見ることで暴くことができる「恥あらわし」という力を持つ少女が主人公で、ストーリーはもちろん面白いのだけれど、文章が素晴らしい!
ファンタジーは、いかにその世界をリアルに描けるかが勝負だと思うのだけれど、この作者はそれがとてもうまいと思う。
特に、馬についての描写がいい。
世話や乗り方など、ちゃんと馬がまっとうに扱われている。
そういうことがおろそかにされないので、登場人物の日常がよりリアルになる。

コーバベルの本は、まだこの2冊しか邦訳されていない。(ちなみに訳は『長くつしたのピッピ』の木村由利子さんです!)
だから、その2冊が図書館の書庫にしまわれていたら、それを検索して借りる人はとても少ないのではないだろうか。
こんなに面白いのに!!

本棚がせめて肩までの高さになれば、書庫から出せる本はずいぶん増えるだろう。
誰にも読んでもらえない本ほど悲しいものはない。
どうか、本を読む楽しさを、できるだけたくさんの子供が知ることができますように。
[PR]
by sima-r | 2010-07-09 10:13 | Days

ナチュラルな人たち

最近考えていること。

ナチュラルなものがいいわけじゃない。
自然だから良いわけではない。
あまりにそういうことばかり言う人は、ちょっと違うのではないかなと思った。

出産直前に私が怒りまくっていた自然分娩を礼賛する人もそう。
それ以外でも、昔の日本を必要以上に美化したり、農薬を使った農業を批判したり、沖縄の基地問題なんかも「絶対国外で」と主張したり。
「正論」ばかり言う人は、どこかかたくなで、視野がとても狭いのだなあと思う。

その視野の狭さに、その人たちだけが気づいていない気がする。
それどころか、そういう人たちは、「自分はナチュラルな思考を持てる自由で視野の広い人」だと思っているように感じる。
そういう人と話をするのは、とても難しい。

この間、銀色夏生さんのエッセイの中で、「昔の日本の古いものを礼賛する人がいるけれど、日本人は古いものを大切のするのと同じくらい新しいものが好きなんだ」というようなことが書かれていて、なるほど~と思った。
寺も好きだが、ペッカペカの新築マンションも大好き。
そういう民族なんだよなあ、日本人て。
寺だって、最初に建った時はきっとペッカペカだったと思うのだけど。

私だって、手作り石鹸大好きだし、コスメはついナチュラルなものを・・・と思ってしまったりするけれど、それがいちばん!とは思わないようにしよう。
ひとつの価値観でしかものを見られない、つまらない人間にはならないようにしよう。
[PR]
by sima-r | 2010-06-19 08:07 | Days



日々思うこと。
るい 33歳女子。
<家族> 
夫 (スペハズ)
息子(ピースケ)
猫 (おひげ)
今日のピースケ
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧