生活チープサイド

母のことを思い出している。

母が死んで2年。
もうずいぶん泣かなくなったけれど、あのとき咲いていた花だとか、病室で聴き続けた音楽だとか、思い出すきっかけは多い。

アジサイは切り花にすると、茎の皮を上の方まで剥かないと水が上がらなくてすぐ枯れてしまう。
そんな、病院でおぼえたささやかなこと。
あのときは、花にまで願をかけていたな。
どんな小さな迷信でも、手の届くもの全部にしがみついていた。
なりふりなんて、かまっていられなかった。

戦争、だったのだと思う。
2年前、母が末期がんだとわかったとき、私たちの世界は一変した。
「一変した」なんて書くと普通に読み流されてしまいそうだけれど、ほんとうにがらりと、生きる世界が変わった。
それはたぶん、ある朝目覚めたら戦争が始まっていた、のと同じくらいの変わり方だった。
それまでの常識は通じなくなって、「生きる」ことが最優先になった。

あのときの一日一日が、一年にも二年にも感じる。
たった一日の記憶を、私は一生思い出すだろう。
一生泣き、一生笑うだろう。
母と過ごせる時間はもうなくなってしまったけれど、一生分のその時間を、全部あの4ヵ月半に経験したのだろう。

早く逝ってしまうことを、恐れることはないのだと思う。
早く逝く人とその家族には、きっとその分だけ世界が違って見える。
時間の神様が、特別に濃い時間をくれる。
苦しい時間も、流した涙も、おいしいものをいっしょに食べたことも、咲いていた花も、感じた風も、一生分の重さで残っていく。
それで悲しみが減るわけではないけれど、死ぬことはけして悲劇ではない。

どうか、今、家族と大切な時間を過ごしている人たちが、たくさんの思い出を残せますように。
どんな小さな思い出も、一生分の光になる。
その光を持って、私は泣き、笑い、これから先も生きていけるのだと思う。
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by sima-r | 2010-07-03 10:01 | Mother
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