生活チープサイド

さよなら自然分娩教

最近思うこと。
それは、世の中には「自然分娩信仰」というべき考え方があるんだなあということだ。
私はこれまでそういう考えにふれたことがなかったので、そういう人たちの言っていることにちょっと戸惑ってしまった。

帝王切開や陣痛促進剤を、そういう人たちはよく思わないらしい。
それは私だってそう思う。
普通に産めるなら自然分娩でいきたい。
でも、何が起きるかわからない出産の現場で、医療的な判断で行われるそれを、否定やマイナスのものとして考えたことすらなかった。

帝王切開などの技術なんてない昔から、人は脈々と出産の営みを続けてきた。
だから、昔のような自然なお産を、と、そういう人たちは提唱するのだろうか。

でも、それは裏を返せば、昔はたくさんの産まれられなかった子がいるということではないだろうか。
流産や早産ははるかに多かっただろう。
出産で亡くなる人も多かったろう。
それを思うと、現代は医療によってたくさんの命が救われている、とてもとても豊かな時代なのだと思う。

今、私は切迫早産で入院し、安静にしていなくてはならない。
昔には存在しなかった張り止めの薬だって、24時間点滴して2ヶ月近くすごさなくてはならない。
そういう身に、自然分娩信仰の考え方はちょっとばかり、いや、ものすごく強烈に辛い。
いや、言葉を取り繕うのをやめれば、ものすごく激怒している。

「いいお産」とは、赤ちゃんが生きて産まれることだ。
それがどんな道を通ったお産であろうと、生きて産まれた子を抱っこできさえすれば、私はそれで十分なのだ。

妊娠がわかったとき、私はとても嬉しかった。
よく「五体満足であればそれでいい」と言うけれど、私は、五体「不」満足でも、生きて産まれてくれれば、もうそれだけでいいと思った。

足が1本なかったら、かっこいい義足を作ろう。
手が3本だったら、袖が3つのTシャツを作ろう。
目が見えないなら、たくさんの本を読んであげよう。
そしてたくさんのことを、一緒に学んでいこう。

帝王切開だろうが、 陣痛促進剤だろうが、君が生きて産まれてきてくれるならどうだっていい。
産道を通ろうがおなかを割って出てこようが、口から出るんだっていい。
君の命が何よりの最優先事項で、その出てき方云々で文句なんて誰にも言わせない。

自然分娩教の人たちは、帝王切開や陣痛促進剤で出てくると、その子は世界を怖いものだというトラウマを抱えて生きるとか、具の骨頂のことを言ってるらしい。
ほんとに、ほんと〜うにアホかと思う。
自分の体にでっかい傷跡を残したい女性がどこにいるんだ。
子供の命に変えられないから、腹をかっさばいて命がけで出産してるんじゃないか。
私も子宮外妊娠でおなかを切ったことがあるけれど、術後はとても体が辛かったし、傷跡はケロイド化して一生消えない大きな跡になった。
帝王切開のお母さんたちは、もっと大きな傷があるだろう。
でも、それは勲章だ。
子供のために、できるかぎりのことをした勲章だ。

自然分娩が悪いわけではもちろんない。
悪いお産なんてない。
命が誕生する道に、間違いなんてない。

そんな当たり前のことを、ロハスだかナチュラルだかカルトだか知らないが、わかってない人がいることに呆れかえる。

本当はこんな日記は書きたくなかった。
文中では、そんな考え方の宣伝になるのも嫌で、あえて個人名やそういう考え方の名前は書かなかったけれど、もっともっとひどいことを彼らは言っている。
私は、そういう考え方の存在を知ってしまって以来、毎日のように思い出しては腹が立って眠れなくなったりしている。
少なくとも、私は妊婦だ。
妊婦をこれだけ怒らせ、とことん不愉快な思いをさせる考え方を、私は一生理解しないし軽蔑して生きるだろう。
もし賛同している妊婦の方がいたらとても申し訳ないけれど、少なくとも私にとっては、役に立たないどころか有害でしかなかった。

何度だって言おう。
すべてのお産は奇跡であり、祝福されたものだ。
ある一つの方法しか認めない考え方は、奇跡の賜物である命を侮辱するものであり、選民思考にもつながる底の浅いものだ。
自然であればいいってものじゃない。
こう感じるのがこの世で私一人であっても、私はそう思い続けるだろう。
そんなくだらない考え方から、子供を守り続けるだろう。
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by sima-r | 2009-09-30 17:00 | Maternity
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