生活チープサイド

最後の乾杯

ずっとさぼっていましたが、昨年亡くなった母・梅田智江のコミュ(mixi内のコミュニティです)を更新しました。

母は、詩人金子光晴の最晩年の弟子でした。
詩人というのは作品の有無でなく「生き方」そのものなのだ、と、私は母の人生を間近で見て学びました。
苛烈で、純粋。
そんな人が自分を産み育てた人であるというのは、それなりにしんどいことでもありました。

でも、母の人生はほんとうに見事だった。
死の一週間前、もう歩けもしないのに、母と私たち姉妹とで闘病のために借りた部屋へ帰るのだと、強引にホスピスからの外泊をしたことがありました。
歩けないし、何も食べられない。
しゃべるのも苦しいほどの状態だったのに。

私は、そのとき、特上の寿司をとりました。
ビールも買いました。
それは、祝いの席だったから。
3人でやりとげた、がんばったこと全部に、どうしても私は乾杯したかった。

姉は、母の体調を心配し、母のグラスにウーロン茶を注ごうとしました。
すると、母は「ビールじゃないの?」と言って、とてもとても悔しそうにしました。
びっくりするくらい、強い口調でした。

私が「ビールあるよ」と言って注ぐと、母は、ビールを飲みました。
一口でなく、何口も。
水も飲めなかったのに。
固形物なんか食べられない状態だったのに。

そう、絶対に、ビールじゃなきゃならなかった。
乾杯しなきゃならなかった。
私たちはがんばった。
誰が見てなくても、私たちはやりとげた。

その夜は、親子3人で川の字で眠りました。
母は吐いてばかりで、私はほとんど一睡もできませんでした。
でも、幸せだった。

あの日の外泊は、母が命をかけてくれた夜でした。
命をかけて、母というものの力を見せてくれた夜でした。
母は、ほんとうにかっこよかった。
実に、見事な生だった。

今でも、思い出すと涙が出る。
でも、母の命は、死は、最後の瞬間まで光っていた。
3人で飲んだビール、あの冷たさ。
グラスについた水、ソファの皮の足ざわり。
私はずっとずっと、あの部屋の幸せの空気を、匂いを、覚えているのだと思います。
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by sima-r | 2009-06-08 20:44 | Mother
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